当協会は、「関西演芸協会」という名称です。 「演芸」という語を広辞苑で引いてみると、「公衆の前で演ずる落語・講談・演劇・舞踊などの芸」という説明が書いてありました。 すなわち演芸とは、様々なジャンルが集まったものの総称です。 その集合体としての「関西演芸」は、現在残念ながら危機に瀕していると思います。 一言で言うと、「演芸」を見ていただく舞台がないということです。 漫才、落語中心の舞台はありますが、「演芸」をメインとした舞台はありません。 舞台がなくなれば「演芸」というジャンルはなくなるでしょう。そうなると、「関西演芸協会」もなくなります。舞台で顔を合わさないのですから、親睦もできません。
ここ数十年のテレビの普及により、すべての芸が大きく影響を受けました。 関西演芸の危機もその流れの一つです。 これを、自然の流れとして受け入れるべきなのか、自然淘汰されるのを待つべきなのか。 答えは「ノー」です。なぜなら、我々自身が「演芸人」だからです。 「演芸」のための劇場があった時代、我々は色々な芸の間にはさまって舞台にあがっていました。 それがどれだけプラスになったか分かりません。 様々な芸が舞台の上で火花を散らし、皆がライバルでした。その環境の中から多くの名人が生まれてきたのです。同じジャンルの芸人ばかりが集まっていてはかたよった芸になり、真の名人は生まれません。
次の時代の名人を育てるためにも、何としても演芸の舞台が必要なのです。 そのためにはどういうことが必要でしょうか。 天満に「繁昌亭」という落語の寄席ができました。多くの一般の方からの寄付、そして商店街との二人三脚によって完成した劇場です。 このことによって、一般の方の力が文化を支えているという基本的なことがあらためて証明されたわけです。 その一般の方たちも、自分に見返りがあると思って寄付したわけではないと思います。 よくメディアなどで、繁昌亭の経済効果がいくらなどと言っていますが、実際のところ寄席が一つできたところで関西全体の経済がよくなることはありません。
それならタイガースが優勝した方がいいのです。 しかし、その寄席がある地域の人、町で変化を起こすことはできます。 例えば、大店舗法などの影響でシャッター通りになった商店街の人たちと共存することで、お互いに元気を与えあうことはできるかもしれません。 一般の方たちと共に歩む。それこそが大衆芸能である演芸の本分であると思います。 何も、落語が上手くいったから演芸もよろしくと言っているわけではありません。 落語を含めての「関西演芸」を復興させるためには、一般の方のお力が不可欠であるということです。 今が演芸の正念場です。これからもより一層のご支援をお願いいたします。
そしてもう一つ、一番大事なのは我々「関西演芸人」のふんばりです。 演芸の舞台ができるのを待っているだけではいけません。 日々の努力によって芸を磨き、少しでも演芸のよさをお客様に分かってもらえるようにならなければいけません。 そうすれば、舞台ができるまでの道のりも短くなります。 そして舞台ができれば、また芸が磨かれていきます。 その道のりを、応援してくれる方々と共に歩むことが大事です。 不易と流行という言葉があります。 変わらないものと変わるもの、という意味です。 一見相反する語のように見えますが、元の意味は、「芸術家にとっては変わらないことと変わることが両方大事だ」ということだそうです。 皆様の一層の奮起を期待します。
芸人が芸を磨き、応援してくれる方々と一緒にアイデアを出して、演芸にとりくんでほしいと思います。 そうすれば、「関西演芸」がもう一度復興した時、その芸人たちは名人と呼ばれる芸を身につけ、舞台人として栄光をうけるようになっていることでしょう。 私も、残りわずかのエネルギーですが、運命に従って「関西演芸」にささげたいと思っています。 明治維新を成功させたのは、20代、30代の若者達でした。今こそ若い芸人たち、そして関西の町の方々の手で「関西演芸維新」を成し遂げてもらいたいと思います。
演芸協会会長 桂 福団治
■■ 演芸協会常設会場 ■■ ( Linkに掲載中 )
●法善寺寄席
●我孫子観音寄席